財団法人山形県埋蔵文化財センター
中山城跡(なかやまじょうあと) 

10月第1週
 現在、草刈家、下西方家、橋爪家、下大石家部分の調査が行われています。橋爪家は、当初、現地表から30pほど下、つまり下大石家の北側の続きの面で、屋敷跡が出るのではないかと考えていました。しかし1m以上の盛土の下から、銅版転写の磁器が出土しました。また、下大石家の北の池は、もともと橋爪家の池であるとも聞きました。これらのことから、橋爪家は、この盛土の下(池と同じ高さの面)にあるのではないかと、現在のところ考えています。(写真1、写真5)下大石家は、表面をきれいにして遺構検出をしています。

写真1 橋爪家 北西から撮影

 中央の人物2人の高さから盛土の高さがわかると思います。人の立っている面から、銅版転写の磁器が出土しています。

写真2 橋爪家 東から撮影

 現在の地表から30p下(盛土の上)の遺構。表面に炭化物が広がっています。これは明治以降の遺構であって、橋爪家跡ではないと推測しています。

写真3 草刈家 北西から撮影

 草刈家は、約5cm位ずつ面を下げて、慎重に調査を進めています。銭、陶磁器片、鉄砲玉などが出土しています。

写真4 下西方家 南から撮影

 最近まで水田や畑でした。周囲からの湧き水が入り込んでいてぬかるみとなり、はっきりしないところがあります。他の調査区と同じように、柱穴や埋設された桶が出土しています。 

写真5 調査区光景 北から撮影

 手前が原田家、写真左の山が前森山北西部の曲輪、中央が下西方家、一段上が橋爪家、ブルーシートとテントのある部分が下大石家

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