壇山古窯跡群(川西町)は、隣接する大神窯跡(米沢市)とともに、奈良時代の終わりから平安時代初頭(8世紀末~9世紀初頭)にかけて営まれた古代の須恵器窯跡です。
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この窯跡群から出土するもので特徴的なのは、茶碗形で、外形の腰の部分に稜を持ち、そこから角度を変えて立ち上がる「稜碗(りょうわん)」と呼ばれるものです。このような形は、当時、仏具などとして利用された金属製の碗を須恵器に置き換えてつくられたものと考えられています。
壇山古窯跡群からは、この稜碗が多数出土していることが特徴で、今年度の第9地点の調査でも、総数50点を超える稜碗が出土しました。
今回の調査で発見された4基の窯跡のうち、一番古い窯跡から出土する稜碗は、稜がはっきりとしており、全体的に均整の取れたプロポーションが特徴です。
対して一番新しい窯跡から出土したものは、稜がはっきりとしないものが多く、ロクロ台からの切離しに糸を用いるものなどが見られ、形態に時期差がみてとれます。
また、他の稜碗とは明らかに異なる大型のものが2点出土しています。
これらは整った器形に加え、稜の部分が段になるもので、まさに金属器をまねしてつくられたものといえるでしょう。
参考:奈良時代の金属製の蓋わん
東京国立博物館「研究情報アーカイブス」よりhttp://webarchives.tnm.jp/imgsearch/show/C0005202
金属製品に似せて土器をつくることは、飛鳥時代から奈良時代(7~8世紀)にかけての全国的な流行です。容易に手に入れることできない金属製のうつわにあこがれ、このようなものをつくったのでしょう。稜碗は限られた時期にしかつくられていないもののため、この時期差を読み解く事ができれば周辺の遺跡をさらに細かく分析することが可能になるでしょう。