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水林下遺跡第2次(11月22日~26日)


秋田大学の林信太郎先生が8月に続いて現場へお越しなり、鳥海山の火山噴出物の岩石や旧石器時代の石器が出たローム層などのサンプルを採取されました。


先週は雨やアラレが降ったりと、大荒れの天候の中の調査となりました。みんな、泥だらけになりながら頑張りました。


掘り下げ作業は、金曜の午前10時まで行いました。最後の最後まで石器が出土しました。今年度では300点余り、昨年度と合わせると450点近くの石器資料が採集されました。


掘り下げが終了したあとは、現場においてある器材の撤収や調査区の埋め戻しを行いました。今年度の調査も、残すはあと2日になりました。


水林下遺跡第2次(11月15日~19日)


雨が降る中、堆積層を観察するために残した土手状のベルトを崩していきました。


石器がたくさん出土した地点のそばのベルトの中からも、続々と石器が出土しました。


2000年に発覚した「前・中期旧石器ねつ造事件」ののちに行われた検証発掘では、埋め込まれた石器の下には埋め込んだ際に使用した工具の跡など、不自然な痕跡が残されていることがわかりました。そのため、水林下遺跡の調査では、ねつ造された石器ではないことを示すために、石器の下の跡形である「インプリント」の記録も行いました。


調査も終盤になり、遺跡の全景写真をドローンを使って撮影しました。掘る作業は、実質あと1週間ほどになりました。


水林下遺跡第2次(11月8日~12日)


雨天が多かった一週間だったので、好天に恵まれた月曜日は、たいへん貴重な1日でした。


月曜日からは、水林下遺跡第2次発掘調査の現場公開が始まりました。見学に訪れたかがたは、3万5千年前の石器が出土している状況を目の当たりにして、大変驚かれた様子でした。


石器の出土位置を記録するために、出土した石器を中心として、数㎝範囲を残し、土の柱として残して周囲の掘り下げを行います。写真や座標計測をした後で石器を取り上げ、土の柱をまた石器が出ないか崩すのですが、この日はその柱から後期旧石器時代前半期に多く現れる「台形石器」が出土しました。意外な場所から出土したので、大変驚きました。


水林下遺跡第2次(11月1日~4日)


連日雨が降り、泥をかき出しながらの調査となりました。


透閃石岩(とうせんせきがん)製で、裏側に研磨痕がある剥片が出土しました。これも、もともとは磨製石斧だったことが考えられます。先日発見された石斧とは異なる母岩のようで、石斧がもう一つあったことが示唆されます。


玉髄というガラス質で半透明な石材から割り出された、大きな剥片が出土しました。水で汚れを洗うと、きれいな色合いの石器に見えます。


山形で初めて後期旧石器時代前半期の磨製石斧が発見されたこともあり、県内外の旧石器を研究者が見学に来ました。


山形城三の丸跡第22次(10月25日~29日)


調査は最終週となりました。2区南では色々と検討しながら掘り進めた結果、壁際に柱穴のある大型の竪穴建物が見つかりました。半分が調査区の外に延びています。一辺は長いところで8m以上あります。


4区でも一辺が8mほどある竪穴建物が見つかりました。壁際に溝が掘られています。4区では平安時代の遺物が多く、2区南側調査区では奈良時代の遺物が多く出土しています。遺構の年代や性格については整理作業で検討していきます。


最後に調査で使用した器材をトラックにのせて、センターに持ち帰り、調査終了となりました。


水林下遺跡第2次(10月25日~29日)


長年、石器の石材について研究されている明治大学黒耀石研究センター客員研究員の中村由克先生が現場にいらっしゃいました。先日出土した磨製石斧について、顕微鏡観察や帯磁率測定などの分析が行われ、北陸産の「透閃石岩(とうせんせきがん)」ということが判明しました。この石材は、東北地方では3例目で、直線距離で約300㎞以上遠く離れた場所から来たことが判りました。なぜ、この透閃石岩製磨製石斧が水林下遺跡にあるのかについては、今後の検討課題となります。


連日のように雨が降り続きました。前日に溜まった雨水を排水し終えて、やっと発掘調査が始まります。


排水が終わり、旧石器が出ると予想されるⅥ層を鎌で削ると、黒っぽくてつるつるした珪質頁岩(けいしつけつがん)という石を素材にした剥片(はくへん)が顔を出しました。剥片は、石塊に川原石などのハンマーで叩いたときに割り出される石片のことを言います。


C区北側の東端には、縄文時代と思われる遺構がありましたので、より東に遺構が拡がっていないかどうか確認するために、重機による表土掘削を行いました。


水林下遺跡第2次(10月18日~22日)


引き続き旧石器が出土する予想範囲の調査を行いました。連日のように降ってくる雨に悩まされながらの調査となりました。


旧石器が出土するローム層から、磨製石斧が出土しました。日本では、3.8万年から2.9万年前にあたる後期旧石器時代前半期では、刃の部分を研磨する「刃部(局部)磨製石斧」がよく出土するのですが、これまでに県内では発掘調査による出土例がありませんでした。出土した磨製石斧は、残念ながら破損したものですが、山形県内では初の事例となります。そして、県内最古の磨製石斧でもあります。今後、用いられた石材や製作技術、破損の状況などについて、詳細な分析を行う予定です。


段々と日が短くなっていくのを、1日の作業を終え、調査事務所に戻りながら感じます。遺跡そばの女鹿漁港からは、日本海に落ちていく夕日をみることができます。


山形城三の丸跡第22次(10月18日~22日)


先週紹介した4区の竪穴建物で見つかった遺物の出土状況です。赤い土器が煮炊きに使われた長胴甕で、灰色の土器が食器として使われた坏や蓋です。甕は壊されて廃棄されており、食器類は重ねて廃棄してあります。


2区の南側調査区では、焼けた土や粘土を張り付けたような範囲が竪穴住居の北側壁付近から見つかっています。立ち割って断面を確認したところ、ブロック状に成型した粘土を据え付けたことが分かりました。


「遺跡体感ツーリズムinたかはた」を開催しました(10月24日)

10月24日(日)に
「遺跡体感ツーリズムinたかはた」を開催しました。

25名の方にご参加いただきました。
山形県立うきたむ風土記の丘考古資料館を出発し周辺の史跡・遺跡をめぐります。


最初は資料館のそばにある安久津古墳群の安久津支群です。1号墳と2号墳が残っています。石室の中は以外にも広々としています。


県指定文化財の安久津八幡神社の三重塔です。とても素敵な姿です。


秋晴れのこの日、絶好の遺跡めぐり日和です。


道路沿いにある清水前(しずまえ)古墳です。1号墳と2号墳が復元整備されています。


最後は高畠石の採石場である瓜割石庭公園です。垂直に砕石された岩山は大迫力です。
古墳の石室にも高畠石が使われています。また高畠町内には高畠石を使った旧高畠鉄道の高畠駅があります。


水林下遺跡第2次調査 一般公開のご案内

現在発掘調査を進めている水林下遺跡について、発掘調査の成果を一般公開いたします。

公開期間:2021年11月8日(月)~12日(金)
公開時間:9:00~16:00(11:45~13:15は昼休みになります)
※雨天の日は一般公開は中止になります。
詳細は下記PDFでご確認ください。
水林下遺跡の発掘調査一般公開について

新型コロナウィルス感染症拡大防止のため、例年のような調査説明会は開催しませんのでご了承ください。