新庄城二の丸跡(6月12日~16日)


焼土層がはっきりと見えるように掘り下げを行いました。


焼土層からは炭化した米の塊が多く出土します。戊辰戦争で焼失した米蔵に由来するものと思われます。


ドローンで、第1面の写真撮影を行いました。かつてここにあった、新庄北高校の建物基礎があちこちに見られます。建物によって壊されていない所には焼土層の広がりが確認されます。