
曲輪と考えられる平場の北側を完掘しました。明確な遺構は確認できませんでした。残る南側を今後調査していきます。

調査区北側のトレンチの一角から遺物がまとまって出土しました。いずれも、江戸時代に焼かれた陶磁器になります。

曲輪と考えられる平場の北側を完掘しました。明確な遺構は確認できませんでした。残る南側を今後調査していきます。

調査区北側のトレンチの一角から遺物がまとまって出土しました。いずれも、江戸時代に焼かれた陶磁器になります。

南側調査区の作業を進めました。重機では細かく削れない調査区の壁面などは人力で整える必要があります。

重機で耕作土や盛土を削り、その下を人力で掘り下げていくと、土器片が出土します。出土したところには棒を立てて目印にしています。

北側調査区の深い土坑は、壁面に木枠が巡る井戸であることが判明しました。出土した遺物から、約1200年前のものと考えられます。

調査区の北側では、江戸時代の遺物が出土する土坑が発見されました。

その土坑からは、肥前地方で焼かれた「太公望が釣りをしている様子」が染付で描かれた茶碗が出土しました。釣りといえば、庄内藩ではかつて藩士の足腰の鍛錬とたしなみとして、釣りが奨励されていたことで有名です。まさに、庄内藩ならではの遺物でしょう。

同じ土坑からは、刃物も出土しました。漆器の椀と思われるものやほうろく、こんろなど、調理に関わる遺物が大量に出土しました。

調査区の中央部の遺構精査も始まりました。中央部でも江戸時代の土坑が複数発見されました。

お盆は明けましたが、まだまだ残暑が厳しい日が続きます。今週は西原遺跡北区南端の完掘を行いました。断面を見るために半裁していた遺構や残していたベルトなどをすべて掘り、撮影していきます。

完掘状況の空撮を行いました。地山が砂のため遺構を掘ると下から水が湧き出てしまい、空撮などでは光が反射して遺構本来の深さが分からなくなってしまいます。そのため、遺構内の水をひしゃくやスポンジ、排水ポンプなどで取って撮影していきます。

お盆期間を挟み、17日から作業を再開しました。重機で掘削した曲輪の作業状況にです。

館跡北側の作業状況です。こちらでは、人工的に土を盛った状況が確認できています。土を盛った時期については、今後検討をしていきたいと思います。

お盆休み明けからは、重機で隣接する調査区の表土掘削を開始しました。重機の後を追って人力で削り、建物跡などの遺構を探して行きます。

人力で薄く削っていくと、土色の違いが溝状に伸びることがわかります。これは調査済みの溝の延長部分と考えられます。

一部からは潰れた土器のかけらが大量に出土しています。この下に建物の跡があるのかもしれません。

東原遺跡の調査期間も残りわずかとなりました。南側で見つかった多数の竪穴建物の精査を続けています。

調査終了範囲を記録するためにドローン空撮を行いました。この写真は調査区全体を北側から撮影したものです(写真下部が北)。調査区の中央部と南部のそれぞれに竪穴建物が集中している様子がよくわかります。

8/22に現地説明会を開催しました。予想以上に暑い日でしたが、80人を超える方々が遺跡を訪れ、調査担当職員による説明に耳を傾けてくださいました。ご来跡いただいた皆様にこの場を借りて感謝申し上げます。

調査も終盤に入りましたが、台風の影響から安定しない空模様の1週間でした。雨の合間で作業を進め、土層の記録を終えた竪穴建物を掘り進めていきます。

竪穴建物の床面のすぐ上から須恵器(すえき、写真手前)と土師器(はじき、写真奥)のカメがつぶれた状態でまるごと出土しました。

今週は、35℃前後の気温の中で作業を行いました。調査では、暑さ対策のために扇風機を回しながら作業を進めました。

江戸時代に掘られたと考えられる土坑から、当時の陶磁器や土師質こんろのほか、瓦質ほうろくが発見されました。いまのフライパンと同じ用途として使われたものです。

調査区の南東角で、荘内病院跡の下から、江戸時代の陶磁器やこんろ、ほうろくのほか、越前焼の大型の甕(かめ)が出土する廃棄土坑が発見されました。

柱穴と思われる遺構が確認された曲輪の半分を重機で掘削しました。残土置き場を確保しながら半分ずつ調査を行います。

館跡北側の斜面際にトレンチを設定し、掘り下げを行っています。ここは、主郭から一段下がった平坦地にあたります。

夏を感じさせる音の一つが蝉の鳴き声だと思いますが、周辺の森林から一日中調査区に降り注がれています。夏本番という感じです。