
作業を進めました。重機では細かく削れない調査区の壁面などは人力で整える必要があります。

重機で耕作土や盛土を削り、その下を人力で掘り下げていくと、土器片が出土します。出土したところには棒を立てて目印にしています。

北側調査区の深い土坑は、壁面に木枠が巡る井戸であることが判明しました。出土した遺物から、約1200年前のものと考えられます。

作業を進めました。重機では細かく削れない調査区の壁面などは人力で整える必要があります。

重機で耕作土や盛土を削り、その下を人力で掘り下げていくと、土器片が出土します。出土したところには棒を立てて目印にしています。

北側調査区の深い土坑は、壁面に木枠が巡る井戸であることが判明しました。出土した遺物から、約1200年前のものと考えられます。

お盆休み明けからは、重機で隣接する調査区の表土掘削を開始しました。重機の後を追って人力で削り、建物跡などの遺構を探して行きます。

人力で薄く削っていくと、土色の違いが溝状に伸びることがわかります。これは調査済みの溝の延長部分と考えられます。

一部からは潰れた土器のかけらが大量に出土しています。この下に建物の跡があるのかもしれません。

建物跡の調査も大詰めを迎えています。遺物を取り上げたり、床面に残された柱穴を探したりしました。

掘りあがった建物の床土を剥がして、建物の掘り方を確認しています。

この建物には、1500年前の土器が割れずに残っていました。発掘を体験している高校生たちが慎重に取り上げました。

今週は雨の合間を縫って空撮を実施しました。須川沿いに広がる微高地に遺跡が展開していることがわかります。

7/28には高校生を対象にした体験発掘を実施しました。建物跡から出土する遺物の取り上げや、洗浄作業をしました。

こちらの建物の隅からは、甕や脚付きの器が逆さまに置かれた状態で出土しました。慎重に掘り進めて行きます。

今週も竪穴建物の調査を進めました。この時代の建物には、食事をつくるカマドが作り付けられていることが多く、その付近には遺物がたくさん出土する傾向にあります。

この建物では、カマドからの煙を外に出すための施設(煙道)が外側に伸びている様子が検出されました。

こちらの小ぶりな建物からは、カマドの煙道の先端に割れた土器片をすえていました。

今週は竪穴建物の調査を中心に進めました。土の堆積を確認しながら、みんなで協力して慎重に調査しています。

こちらの建物はやや小ぶりですが、状態の良い遺物が出土しています。

柱穴とみられる小さな穴を断ち割ったところ、土器片がぎっしり詰められている様子がみられました。

今週は30度を越える日が多い中で調査を進めました。これは調査区を南北に走る溝跡です。集落を区画するためのものでしょうか。

この溝からは平安時代前半の土器が見つかっています。本遺跡では古墳時代の遺物も多く見つかっており、二つの時期に人々が暮らしていたことがわかります。

大型の土坑は4つに分割し、埋まり方を確認しながら掘り進めています。

今週から本格的に溝跡や建物跡の調査に着手しました。多くの遺物が出土しています。

溝の底からはお茶碗形の土器が伏せられた状態で出土しました。近隣の嶋遺跡や西沼田遺跡と近い時代のものと考えられます。

建物跡からは甕が潰れた状態で出土しました。持ち帰り根気よくつなげれば、元の状態に復元できることでしょう。

今週は雨が多い一週間でした。力をあわせて水たまりを排水し、調査ができる状況へと復旧します。

南北方向に平行して伸びる溝跡の調査に着手しました。みんなで並んで掘り進めます。

溝跡の上面では平安時代のおわん形の土器がまとまって出土しました。

調査区の掘下げも佳境に入り、下に眠る多くの遺構が姿を見せはじめました。

四角形に見える黒色の範囲は、平安時代の建物の跡と考えます。だいぶ小型のものが接近して2棟発見されました。

こちらも同じく建物の跡ですが、比較的大型です。これは建物の役割が違ったのか、あるいは違う時代のものなのか。今後の調査で明らかになるでしょう。