
いよいよ重機を使って、調査区の表土除去が始まりました。
作業員の皆さんも、張りきって面整理作業に取り組みます!

調査区の河川跡から、さっそく須恵器の破片が出土しました。
これからの調査に期待が高まります。

調査区の外周を線掘りした際に数点の土器片が出土したので、
その周辺に手掘りしたトレンチ(T23)の調査も並行して進めます。
移植コテを使って、慎重に掘り進めます。

新しいトレンチ(T23)からは、土器や石器の破片がまとまって出土しました。

先週に引き続き、面整理を行いました。
今週は東熊野苗畑遺跡の頼もしいみなさんにお手伝いにきていただきました。

土の運搬にキャリアダンプを使い始めました。
一度に一輪車の何倍もの土を運べ、効率があがりました。

斜面部分の調査区の遺構検出を行ないました。
長さ6mほどの長方形の遺構が重なりあって見つかりました。平安時代の遺物が出土しています。

遺構検出が終わった調査区には4mごとに釘を打ち、測量や遺物取り上げの基準とします。

釘にはその場所を示す記号を書き込みます。
この10桁の記号から、山形県内でのこの点の位置を知ることができます。

戦後に作られたと思われる遺構を掘り下げ、
中の状況をくわしく調べています。

掘られた時期は特定できていませんが、3m×2m程度の大きな竪穴を掘り下げています。
竪穴の埋土は、固くなっており、踏み固められていました。

調査区で見つかった2つ目の井戸跡です。
深さは1.5mほどありました。

長かった面削りも今週でほぼ終了。
次は写真撮影です。

写真撮影の準備として、周辺の目立つ草を刈っています。

メジャーと箱尺で測量用の方眼を組み、平面図を作成します。

川跡を掘り下げています。写真中央に流木があります。
湿度が高く風が吹き込まない場所なので、気温が上がると大変な作業です。

現在調査中のA・B区の表土を除去した際の土砂を重機で撤去しています。
土砂の下のC区を調査する準備が進んでいます。

この時期は草がよく伸びます。
除草作業も大切な環境整備の一つです。

12区で検出された掘立柱建物跡の精査をしているところです。
大人一人が入ってしまうほどの大きさです。

14区で検出された掘立柱建物跡です。
12区(上の写真)で検出されたものの続きであると考えられます。

調査区北側の住居跡(ST101)の調査状況です。
10cm下で、住居の床が確認されました。

住居の壁際からは、横倒しになった状態の甕(土師器)が見つかりました。

記録作業の様子です。
調査区の平面図を縮尺100分の1で作成していきます。

J12トレンチの遺構掘り下げの様子です。
この日も相変わらず蒸し暑い日でした。

J15トレンチから出土した旧石器時代に使われたと思われる石器が出土しました。

上の写真を引いて撮影しました。
竹串の位置に石器の剥片が散らばって出土しました。
そのため、このあたりは石器を加工した場所だと思われます。

調査区中央~北部の岸辺(平場)の遺構の掘り下げを行いました。
岸辺の遺構は、写真手前の谷から約5m~10mの間が希薄で、
その北側(写真中央~奥)に、大型の柱穴や土坑が確認されました。

調査区北部の土坑から出土した、蜂の巣状の窪みがある凹石(くぼみいし)です。
凹石は、一般にドングリやクルミなど堅果(けんか)類を割るのに用いられ、
大きさが10cm~15cmの川原石で、窪みも1個か2個あるのが大半です。
今回の出土品は、大型で窪みの数も多く、一般的なものと異なります。

縄文時代の谷跡の出土品です。新潟県糸魚川産の緑色のヒスイ製の玉です。
玉の中心に約3mmの孔(あな)が開けられ、首飾りなどの装飾品と考えられます。
Yamagata Prefectural Center for Archaeological Research