「上の寺遺跡」カテゴリーアーカイブ

上の寺遺跡(8月6日~8月10日)

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C区の調査に入りました。斜面の段々の年代や構築方法を調べるために、杉の木の間をぬって6本のトレンチを入れました。
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段差は高いところでは人の背丈ほどもあります。土の運搬に一苦労です。

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先週出土した青磁碗です(左)。内面にはスタンプで花の模様が施されています。
写真右は同じ時期の青磁碗の参考品です。このような形であったと考えられます。


上の寺遺跡(7月30日~8月3日)

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柱穴と考えられる小さな遺構から青磁の碗が出土しました。碗の底の部分だけが丸く打ち欠かれていました。

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D区の東端で幅2mほどの溝が見つかりました。現在の地形でも大きな段差のある部分にあたり、上の寺遺跡の大きな区画施設として機能していたと考えられます。

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D区上段部分の調査が終了しました。写真右下が上の写真の溝です


上の寺遺跡(7月23日~7月27日)

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鎌倉時代頃の擂鉢(すりばち)です。2mほどの大きな土坑から石と一緒に出土しました。
土坑の一部は赤く焼け、石の下には炭を含む層が堆積していました。

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以前出土した青白磁梅瓶(せいはくめいぴん)と同じものと思われる破片が出土しました。
鎌倉時代頃のものです。

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D区の一番広い平場の掘り下げが終了しました。
溝や柱の跡などが見つかりました。遺物は上の写真のような鎌倉時代の遺物が少量出土しています。
中世の慈恩寺に関する何らかの活動があったことは確かなようです。


上の寺遺跡(7月17日~7月20日)


D区の下段の平場の遺構がほぼ掘り上がりました。柱穴と考えられる遺構が多く見つかっています。

慈恩寺の北東にある箕輪という集落に続く道です。「箕輪道(みのわみち)」と呼ばれています。
調査事務所から調査区まではこの道を数分かけて歩いていきます。
今回の調査原因となった農道は、この箕輪道にほぼ沿った形で建設されます。


上の寺遺跡(7月9日~7月13日)

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先週お伝えした掘立柱建物の柱穴かと思われる遺構の断面の様子です。
中央の石の右側から近世以降の陶磁器が出土しています。

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見つかった遺構を図面に記録します。
デジタルカメラとトータルステーション(角度と距離を測る測量機械)を併用して図面を作成します。

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雨上がりに何度目かの草刈りをしました。
写真奥のこの部分は保存されることになりました。土塁に囲まれた範囲が上の寺遺跡の中心部と考えられています。


上の寺遺跡(7月2日~7月6日)

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D区の遺構を探す作業が終わりました。
柱の跡と考えられる小さな穴や、溝などが見つかりました。
色を塗った部分は、以前お伝えした整然と並ぶ遺構です。古い建物の跡か?と期待して掘り下げを始めましたが…。

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遺構の掘り下げを始めました。
建物跡か、と期待した遺構からは近代の陶磁器が出土し、今のところあまり古い時代のものではないことがわかりました。

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同じD区の一段高い平場の様子です。畑の畝(うね)と考えられる溝が多く見つかっています。
写真左には、最近まで使われていた道路の側溝が見えます。


上の寺遺跡(6月25日~6月29日)

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センター産業医の横川先生による調査現場の巡視があり、現場の安全管理や作業員の健康管理について指導を受けました。
これからますます暑くなります。適度な休憩や水分補給など、健康管理に気をつけて作業を行ないます。

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F区の遺構検出作業が終わりました。
左下の黒い土の部分は谷が埋まった所で、縄文時代や平安時代の土器が出土しています。

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明日は大雨の予報です。写真撮影後に全面をシートで覆いました。
水の流れる方向に気をつけながらシートを敷いていきます。

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予報どおり大雨になりました。
今回の調査区は、慈恩寺がある山の山腹に位置しています。そのため、山に降った雨が調査区にどんどん流れ込んできます。
調査区の周囲に掘った溝を、滝のように水が流れていました…。


上の寺遺跡(6月18日~6月22日)

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今週も重機による表土除去が続きます。
段差の部分はアームをいっぱいに伸ばして掘り下げます。

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ようやく表土除去が終わりました。
これから遺構を探す作業が始まります。

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斜面を人力で削ると、複雑な形が現れました。
昔の人の土木工事の苦労がわかります。


上の寺遺跡(6月11日~6月15日)

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地形測量が終わり、重機による表土除去が始まりました。
道が狭く大型の重機が入れないため、小型の重機を使います。

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重機が入れない場所は、人力で掘り下げを行います。

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比較的広い平場で、1mほどの大きさの穴が4つ並んで4列、計16個見つかりました。


上の寺遺跡(6月4日~6月8日)

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重機で掘り下げる前に、現在の地形を測量して記録に残します。

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遺構や遺物が出てくる深さを調べるために、人力で掘り下げ、トレンチ調査を実施しました。
斜面の部分の表土を掘り下げると、地山のすぐ上から江戸時代後半頃の磁器が出土しました。
現在の段々の地形は、最終的には江戸時代以降に作られたようです。

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トレンチから出土した遺物です。
蓮の花の模様の青磁碗(左上)、渦巻き模様の青白磁梅瓶めいぴん (右)などが出土しています。
鎌倉時代(13〜14世紀)、中国で焼かれたものです。