
引き続き2区と4区の住居跡を調査しました。
調査も終盤です。

1区のフラスコ型土坑から甕や壺が出土しました。
弥生前期のもののようです。

後半調査の遺構の掘り下げが始まりました。写真は石組の水場遺構(近代)に複数の導水路(近世~近代)が集中しているエリアです。

こちらは楕円形の土坑の土層断面です。八幡西遺跡では古代の遺構には決まって黒色が強い土が堆積しています。埋土を指標に、遺構の時期のまとまりを区別しながら掘り下げを進めています。

3・4区西側の調査がだいぶ進みました。柱穴、土坑など多数の遺構が密集しています。

4区西壁際の竪穴住居から土器が大量に出土しました。当時の床面から出土しており、住居の時期を見極めるうえで重要な資料です。

調査区東側の調査も随時行っています。4区東側から大型の掘立柱建物跡が見つかり、掘り下げを行いました。
今回は馳上遺跡の整理室からこんにちはです。
遺跡は米沢市にある古墳~平安時代の集落遺跡で、当時の河川沿いに営まれた50軒以上の住居跡が見つかっています。
今年も発掘調査を行っていますが、平成21~25年に調査した分の成果を来年3月に刊行する予定です。
報告書刊行に先駆けて、集落の最盛期である奈良・平安時代の特徴的な遺物をいくつかご紹介します。

前回の蝉田遺跡と同様、たくさんの墨書土器が出土しています。
最も多いのは「奉」の略字と考えられる「夲」という文字で、約70点確認できました。
神様へ食物を奉って祈るときに使われた器と考えられます。

文字を書くのに欠かせない道具のひとつが硯(すずり)です。
「円面硯」という丸いかたちのものや、皿・蓋などを硯に転用したものがたくさん出土しましたが、これは変わったかたちをしています。
もともと鉢のかたちにつくった器を窯で焼きあげる前に分割し、硯につくりかえた非常に珍しいものです。

文字を書く道具には、墨・硯のほかに木簡をけずる小刀やこれをとぐための砥石なども必需品でした。
これは、とぎへった砥石の一端に穴をあけ、約2.5cm四方の平らな面に記号のような点や線が刻まれています。
ハンコのような使われ方をしたのかもしれません。

後半調査区(A区)の遺構検出を終え、全体の状況を把握するため、ドローンで空中写真を撮影しました。

その垂直写真です。
前半調査区(B区)より面積は小さいものの、多くの遺構が見つかりました。来週から本格的に遺構の掘り下げを始めます。

3区西側の竪穴住居から奈良・平安時代の遺物が多数出土しています。これらの遺物から、この住居跡も同時代のものと考えられます。

住居内の柱穴の記録を行っています。柱穴の底から炭化した木片が出土しており、柱の名残と思われます。

完掘状態です。手前にはカマドがあり、西側は調査区外に伸びています。

引き続き弥生時代の住居を調査しています。
新たに周溝や柱穴を確認できました。

測量とドローンによる空撮を行いました。

3区で検出された井戸跡の完掘を行いました。深さが1.5mを超える井戸跡で、底の砂利層から水が湧き出しています。

4区の掘立柱建物跡の調査を進めています。柱穴が重なり合っているところもあることから、複数の時期の建物があることがわかります。

掘り方が終わったところから記録作業を行っていきます。

前半調査区(B区)の埋戻しは完了し、後半調査区(A区)の表土掘削が本格的に始まりました。

表土掘削を追い掛けながら、遺構検出も進めています。
B区と同等か、それ以上に多くの遺構が分布しているようです。

大手町の調査を終え、調査区の埋め戻しと砕石の敷設を行いました。

現場事務所の撤収を行いました。
今年度の調査も発掘作業員の皆様の尽力により無事終了いたしました。近隣の皆様、関係各所の皆様、ご協力ありがとうございました。
Yamagata Prefectural Center for Archaeological Research