「蝉田遺跡」カテゴリーアーカイブ

蝉田遺跡(9月18日~21日)


SG6河川跡の掘り下げを行っています。
土を運搬する道を確保しながら、掘り下げを進めています。


SG6を一部、底まで掘り下げました。
底からは、ほぼ完形の土器や木製品が多数見つかっています。


SG6河川跡で見つかった木製の鍬(くわ)です。
ほぼ完形の状態で、縦30cm、横17cm、厚さ4cmです。
柄(え)を差し込む穴もしっかり残っています。


蝉田遺跡(9月10日~14日)


SG6河川跡を掘り下げています。
約1.5m掘り下げていますが、底はまだ確認できません。とても深そうです。


大きな土坑(SK11)の精査も行っています。
白い火山灰や炭、また、平安時代の土器も見つかっています。


SK11から出土した赤焼土器壺の破片(体部)資料です。
斜め上から穴(直径約5mm)があけられています。
この穴は何のためにあけられたのでしょうか?


こちらも赤焼土器壺の破片(底部)資料で、上で紹介した資料と接合関係にあります。
写真ではわかりづらいですが、高台(脚)と、串のようなもので線描きされたような痕跡も確認できます。


蝉田遺跡(8月27日~31日)


土坑(SK009)から出土した土師器です。
形や大きさなどから10世紀頃と推測されます。


遺構検出が今週で終わりました。
写真は調査区の北東部分を撮影したものです。
土を観察する限り、木が倒れた痕跡や、自然な土の堆積が多く、
遺構は少ないことがわかりました。


遺構検出後、遺構精査(遺構掘り)を開始しました。
SK001という大型の土坑を調査しています。堆
積した土を観察するため、長軸・短軸方向で畔を残して掘り下げを行っています。
観察の結果、土坑がもう1基(SK009)存在することがわかりました。


蝉田遺跡(8月20日~24日)


横に並んで、遺構検出を続けています。
約8m幅の河川跡が2条、調査区東側で合流している様子が確認されました。


トータルステーションという機を使って、図面を作成しています。
これまで見つかった遺構の形や大きさ、場所などの情報(遺構配置図)を図化しています。


蝉田遺跡(8月6日~10日)


河川跡の遺構検出を行いました。
場所によって、土の種類(砂・粘土)や色に違いがみられます。
おそらく、何時期かに亘って、流れをかえたことで堆積した土に違いが生じたのでしょう


河川跡の北側で、柱穴(ちゅうけつ)が約20基みつかりました。
直径30~40cmの穴です。
柱を規則的に建て並べた建物の存在が考えられます。


蝉田遺跡(7月30日~8月3日)


これまで見つかった遺構と同じように白い火山灰や黒い炭が混入した、
長く伸びる土坑(どこう)状の遺構(SK003)が見つかりました。
当遺跡で見つかる遺構の約1/3で、この火山灰が確認されています。


土坑SK003から、煮炊きに利用された,土師器(はじき)の甕(かめ)が見つかりました(写真は土器の内側)。
壊れた状態ですが、全体を復元できそうです(底は写真の下側)。
丁寧に取り上げてみると…


破片(土器外面)をよく観察すると、つまみのようなものがついていました。
写真はつまみを横から撮影したものです。
おそらく、同じつまみがもう一個あり、現在の鍋のように両手でつかんでいたと考えらえます。


蝉田遺跡(7月23日~27日)


調査区北東部分の遺構検出作業を行っています。
比較的地形が高く、遺構・遺物が多く見つかっています。


以前ご紹介した土坑の北側(写真では上)に、同じように土器の破片と火山灰がはいった遺構(SK1)が見つかりました。
東西約1.6m、南北約8mのとても大きな遺構です。


大型の土坑(SK1)の上面には、平安時代頃の土器(土師器・須恵器)が壊れた状態でたくさんみつかっています。
素材がやわらかい竹材のヘラで土器を傷つけないよう土を取ります。


蝉田遺跡(7月17日~20日)


調査区南東部分の遺構検出作業を行っています。
最低でも5条以上の溝が見つかりました。
それぞれ、流路や堆積した土に違いがみられます。


溝の一部を試し掘りしました。
断面を観察すると、2条以上の溝が重なり合っていることとや、溝に堆積した土の状態、深さがわかります。


蝉田遺跡(7月9日~13日)


南北方向に蛇行しながら流れる溝が見つかりました。
幅約60cmで、上面から江戸時代の陶磁器や漆器、また現代の遺物が一緒に見つかっています。
おそらく、江戸時代以降に埋め戻されたのでしょう。


溝から漆器(しっき)が2点見つかりました。
木で作られた器で、内側に赤い漆(左)、外側に黒い漆(右)が塗られています。