
今週から北原4遺跡の表土除去作業が始まりました。
遺跡北側に広がる丘陵部の調査を行います。

重機で表土を取り除き遺構を探しています。
繊細なバックホーの操作と調査員の適切な指示によって
少しづつ遺跡の様相が明らかとなっていきます。

調査区内にはサクランボの木の切り株が何本も残っています。
根を切りながら少しずつ切り株周辺の土を取り除いています。
ここから縄文土器が一点出土しました。

重機による表土除去も16日に終了しました。
遺物が黒い土の層に多くみられたので、慎重に作業を行ないました。

表土除去が終わったところから面整理を行なっています。
遺物が次々と見つかっています。

焼土の入った遺構から、甕(かめ)が見つかりました。
住居のカマド跡と考えられます。

最後に残った重機の通路部分の遺構検出を行ないました。

幅2m程の溝跡が見つかりました。蛇行し、一部途切れながら調査区を縦断しています。
写真中央部の白っぽい部分は、火山灰と考えられます。

平安時代の竪穴住居跡です。
左側のコーナー部分にカマドと考えられる焼けた土が見つかっています。

先週に引き続き、トータルステーション(測量機器)を用いて、遺構の測量を行いました。
機器で測った座標値を図面に点として落とし、点と点を結んで平面図を作成していきます。

倒木跡を調べるために、細長いトレンチを入れました。

中央に、垂直方向に傾いてしまっている地山の土の一部が確認されました。
木の根が地山の土を巻き込んで倒れ、その土が木の根の跡に入り込んだことを物語っています。

大きな竪穴(たてあな)の跡を掘っています。
竪穴の壁は、下に向かうにつれて外側に広がっています。
穴の埋め土からは、多数の土師器片が出土しましたが、
まだどのような性格の遺構なのかがわかりません。

竪穴近くにある井戸跡を掘っています。
底はまだ見えてきませんが、ふたたび水が湧き出してきました。

今週はA区で遺構の検出とマーキングを行いました。
A区からは、溝跡と柱穴と思われる遺構が検出されています。
今後は、検出された遺構がどのようになっているのか詳しく精査していきます。

遺構の検出とマーキングに併行して、平板を用いた測量も行います。
平板測量では、調査区や検出された遺構の概略図を作成します。

空の様子をうかがいながら面削り。雨でなかなかはかどりません。

梅雨らしく雨が降る毎日。調査区もびしょびしょです。

古代の竪穴住居跡を壊して作られた、中世の濠跡を掘りました。

中世の柱穴から、柱が出土しました。

3本の溝跡が重なっています。新旧の関係を検討中です。

柱穴の断面を観察するために、柱穴の半分を掘り下げてもらっているところです。

掘立柱建物跡の断面図をとっているところです。
ビーチパラソルは雨除けのために使用しています。

今週は雨の多い一週間となりました。
河川跡の掘り下げを行っているところです。

先々週に続き、カマドを設けた住居跡が確認されました。
住居は、4.5m×4.7mの正方形に近い平面形です。
畳の枚数にすると、約13畳の広さに相当します。
当時の住居は、食事や作業する場、寝たりするスペースを
1か所で済ませていたようです。13畳のワンルームといったところでしょうか?

カマドの検出状況です。煮炊きに使われていた甕(かめ)や炭がたくさん見られます。
その両側には、カマドの一部であった石や焼けた土が確認されます。
奥には、煙を屋外に出す煙道(えんどう)が伸びているのが分かります。

古墳時代の勾玉(まがたま)を模した石製模造品(せきせいもぞうひん)が出土しました。
小型品で長さ3.5cm、幅1.4cm、厚さ3mmで扁平な形です。
加工しやすい軟質の石材を使って、生活用具や装飾品などに似せて作った非実用的なもので、
古墳時代の祭祀に使用されたと考えられています。
Yamagata Prefectural Center for Archaeological Research