水林下遺跡第2次(7月12日~16日)


C区東側に遺構が残っていないか、表面を削りながら調べました。


クロボク土の中や、地山の表面からは土器や石器とともに、鳥海山の噴火の際に飛んできたり、流れてきたと思われる、拳大から径1m大の安山岩がたくさん出てきます。


最新の測量機器を使って、調査区を測量しました。


内陸では強い雨が降った所もありましたが、遺跡がある女鹿地区は雨がほとんど降りませんでした。鳥海山から湧き出る積乱雲が見えても、なぜか女鹿には雨雲が届きませんでした。


杉沢C遺跡(7月5日~9日)


重機で表土掘削した部分を人力で丁寧に削り、遺構検出を進めています。


調査区全体に広がる旧河道の土は、縄文土器が出土する北側の褐色土(写真右側)と巨石を含む南側の黒色土(写真左側)の間に砂礫が帯状に挟まります。


北側の褐色土上面で“縄文時代の万能ナイフ”石匙(いしさじ)が見つかりました。比較的近くで石鏃(せきぞく)も出土しています。


山形城三の丸跡第22次(7月5日~9日)


梅雨らしい天候が続いています。雨天後の調査は調査区の排水からスタートします。滑る足元に注意しながら、バケツやスポンジなどを使って排水していきます。


排水が終われば続いて遺構の掘り下げを行います。今回の調査区では柱穴や土坑など、大小さまざまな遺構があり、各遺構にあった掘り方を考えながら調査しています。


水林下遺跡第2次(7月5日~9日)


C区西側の今年度あらたに調査する範囲のクロボク土を掘り下げて、遺構が残っていないか調べました。


クロボク土の直下には、いくつかの柱か杭の跡や土坑の可能性ある遺構が見つかりましたが、出土遺物はほとんどありませんでした。


C区東側でも、クロボク土の直下に遺構や遺物がないか調査しました。C区東側では、クロボク土直下に柱穴や土坑、溝跡などの多数の遺構が見つかりました。また、古代の土器や縄文時代と考えられる石器が多数出土しました。


杉沢C遺跡第2次(6月28日~7月2日)


事務所から調査現場までのルートは、ほ場整備工事で農道が分断されているため、工事用道路を歩いて向かいます。


先週から継続して表土除去を行ないました。昨年度の調査と同様に旧河道が広がり、重機でないと動かせない巨石がゴロゴロしています。


重機で掘削した壁面を削り整え、大事な調査区が雨などで水没しないように事前に排水溝を巡らせておきます。


水林下遺跡第2次(6月28日~7月2日)


重機や手作業で、未調査区の表土と昨年度調査未完了の範囲の埋め土を取り除きました。古代の土器とともに、石器が数点出土しました。


調査区を測量するための基準点と、調査区内を格子状に区切り、遺物や遺構の位置を記録するためのグリッドを設定しました。


ドローンで遺跡上空から撮影したパノラマ写真です。左に鳥海山が、右に日本海と約3,000年前に噴出した「猿穴溶岩」でできた三崎海岸が見えます。遺跡は、ながめが良い場所に立地しているのがわかります。


出前授業:鶴岡市立広瀬小学校(7月2日)

6月ぐらいから入る歴史の授業もだいぶ進んでいるようですが、
今日は鶴岡市立広瀬小学校で縄文時代の出前授業です。


まずは復習をかねて縄文時代の生活について勉強します。
みんなしっかり学んでくれました。


実際の縄文土器を触ってみます。
縄文時代の人達はとっても器用だな~と感心してました。


出前授業:山形市立南沼原小学校(7月1日)

山形市立南沼原小学校での出前授業です。
児童数県内最多の小学校で、6年生は5クラス!3回に分けて授業を行います。


きゅうりを石器で切ってみます。思っていたよりよく切れる石器であっというまにみじん切りに。


バラバラで見つかった土器を復元するお仕事があることに
「むずかしそ~でもやってみたい」の声があがりました。


Yamagata Prefectural Center for Archaeological Research