今週から西側に位置する2区の調査に入りました。写真は面整理の様子です。粘土の地盤を掘り込んだ溝状の遺構(SD31)が検出されました。
2区の遺構検出状況です。手前に写る溝状の遺構は、三叉にわかれて、調査区の端まで伸びています。写真奥には、柱穴などのピットが密集しています。
調査区北側では、柱穴と思われるピットが密集しています。
2区の平面図の作成と溝状の遺構(SD30)の掘り下げを行いました。
新しい調査区F区の表土を重機で掘り下げているところです。
調査区の整備として、壁が崩れないよう土のうを積んだり、排水用に溝を掘ります。
遺構検出が終わったので、全体の写真を撮りました。手前の白線が引いてある部分が河川跡になります。
金曜日から河川跡の掘り下げを行いました。
川内袋遺跡がある場所は自然豊かなところです。近くには川も流れています。
今週もたくさんの土器や石器が出土しました。
斜面を掘ると、ここからも縄文土器や石器が出土しています。
早速、土器や炭が出てきました。箸の立っている箇所に土器があります。
1枚目の写真のアップです。土器は破片となって散らばっています。
この写真もまた1枚目の写真のアップです。地面が赤く焼けています。ススがベッタリついた土器片もあります。
重機で掘り下げる前に、現在の地形を測量して記録に残します。
遺構や遺物が出てくる深さを調べるために、人力で掘り下げ、トレンチ調査を実施しました。
斜面の部分の表土を掘り下げると、地山のすぐ上から江戸時代後半頃の磁器が出土しました。
現在の段々の地形は、最終的には江戸時代以降に作られたようです。
トレンチから出土した遺物です。
蓮の花の模様の青磁碗(左上)、渦巻き模様の青白磁梅瓶めいぴん (右)などが出土しています。
鎌倉時代(13〜14世紀)、中国で焼かれたものです。
重機の表土除去の最中に桶が2つ並んで出土しました。遺構面より高いところで確認されたことや、桶の状態から他の遺構よりは新しいものと思われますが、桶の中に何が入っているか楽しみです。
天王遺跡は砂質土で比較的水はけは良いのですが、それでも雨や湧水で調査区内に水が溜まることも多く調査の妨げとなります。そのためみんなで知恵を出し合いそれを解消できるよう工夫しています。この写真はそのひとつで砂がたまりやすい排水溝に手製の木樋を設置しました。
今週石器が出土しました。削器(さっき)と思われます。面整理の際に出土したもので、残念ながら遺構からの出土したものではありません。長さは約9.5cmです。
天王遺跡は幹線道路に近いのですが、周辺にはいろいろな動物が住んでおり、キジも時々姿を見せます。この写真には雄しか写っていませんが、この時はつがいで仲良く散歩(?)をしていました。雄キジは胸の辺りの赤色が大変色鮮やかできれいです。
今週は雨の日が多く、その度に排水をして汚れた地面を再度削り直します。
見つかった遺構の掘り下げ状況です。左側の溝跡からは平安時代の土器が出土していますが、全体では縄文時代の遺構が多いようです。
これは、長さ4mほどの長方形をした竪穴住居跡です。出土した土器片から、今から約6500年前の縄文時代早期末の家と考えられます。
B区の中央で検出された2間×2間の総柱建物跡です。
B区の東側で検出された陥穴と思われる土坑です。同様の土坑が4つから5つ程、一定間隔をあけて直線状に並んでいます。
掘立柱の位置関係を図化しているところです。
今週半ばから、A区の遺構の掘り下げを開始しました。雨が降った後ということもあり、掘り進めるにつれて底から水が湧き出してきます。作業員さんも苦戦しています。
今週で1区の遺構の掘り下げも完了し、ラジコンヘリで空中撮影を行いました。
1区北の遺構を完全に掘り上げた様子です。写真手前の遺構から下駄が出土しました。
下駄(RW1)が出土した遺構の平面図を作成している様子です。
図面の作成も終わり、下駄(RW1)を取り上げました。写真は下駄の裏側です。くぼんでいるに所に刃をはめ込む下駄のようです。
Yamagata Prefectural Center for Archaeological Research