
ようやく井戸枠全体を掘り出しました。井戸枠は3段の曲げ物で作られ、高さ1mほどです。底からは現在もこんこんと水が湧いています。

井戸枠の下段を遺構から取り上げている様子です。上段部分は半分ほど崩れていましたが、下段部分は腐食がほとんど見られず良好な状態でした。

9月26日遺構測量(空中写真撮影)を行いました。

縄文時代の竪穴住居跡です。出土土器から、時期は後期と考えられます。中央に炉跡があります。

F区の全景写真を撮影し、2ヶ月半の遺跡調査を終了しました。手前が縄文時代の住居です。

調査区の南側から古墳時代の畑の跡を検出しました。細い溝状の区画が耕作の跡です。

長かった調査もいよいよ終盤です。調査区内の掘り下げが終了し、作業は若干の遺構調査と図化作業、写真撮影を残すのみとなりました。

先週に続き、4区北側の大溝跡の掘り下げを行いました。深さは約60cmほどで、やはり底面からも内耳土鍋の破片がまとまって出土します。

4区南側では、東西方向に伸びる2間×3間の掘立柱建物跡(SB225)が確認されました

いよいよ下屋敷遺跡の調査が始まりました。まずは重機械で表面の土を外していきます。

井戸跡の底からほぼ完全な形の土器が出土しました。

寄って撮影した写真です。

調査する地面を平らにするために、水糸を張って定規で高さを測りながら、慎重に削っていきます。

平らに削りあがった状況です。地面のコントラストがはっきりと見て取れます。

陥穴の掘り下げを行っています。深さが1メートル程なので掘る作業も大変です。

陥穴を完掘した状態です。先週もお伝えしたようにとても幅の狭い陥穴で、川内袋遺跡では11基程が見つかっています。

溝跡を掘りきった時の写真です。斎串らしきものや箸が出てきました。なお、写真の一番奥の壁の上の層が黒くなっていますが、これは墨や土器が集中する遺構の名残りです。

調査区全体を西から東に向かって撮影しました。1枚目の写真の溝が手前に見えます。先週お伝えした何本も平行して走る溝も写真中央付近にあります。

調査区を深く掘ったところ自然木が出てきました

土塁脇の調査区の調査が終了しました。写真右上の部分が土塁です。
土塁に直交する溝が見つかりました(写真中央)。

溝は土塁にぶつかる部分で途切れていました。土塁と同時期、または土塁が作られた後に溝が掘られたと考えられます。
土層の観察から、新旧2時期の溝があることがわかりました。掘りなおされた新しいほうの溝から、石塔が出土しました。

板碑・宝篋印塔(ほうきょういんとう)・五輪塔(層塔?)が出土しました。
左の板碑は60センチ程の大きさです。
寒河江中央地区農免農道整備事業の概要はこちらからどうぞ。

天王遺跡では柱穴が多数確認されています。順次記録をとっていきます。
この井戸枠は、深さ数十cmありそうです。
Yamagata Prefectural Center for Archaeological Research