
溝(水路)の一角で、水場と考えられる方形の木組遺構が見つかりました。
木枠(側板)の内側に多量の陶磁器が取り残されています。

側板の外側には柱が方形に巡り、内側には炭化材も残っていました。
水場には上屋が架かっていたようです。

下中瀬遺跡では、遺構の精査を行いました。
写真左側は高瀬川の土手です。下中瀬遺跡は川に隣接しており、どのような遺物が出るか楽しみです。

野田遺跡では、面整理作業を行いました。作業員が1列に並んで遺構の面を平らに削っています。
写真手前の箸を立てている箇所では、たくさんの遺物が出土しています。ブルーシートがかかっている部分では、木枠をもつ井戸跡が見つかりました。

井戸跡は平面が方形で(土の色が黒っぽくなっている部分)、井戸枠の縦板が顔をのぞかせています。平安時代のものと考えられます。

先週報告の濠(屋敷地の外周)を掘り下げた様子です。
奥に枝打ちされた丸木群(自然木)、中央の両岸に打込みの杭列、手前にはほぞ穴の開いた建築部材が残っていました。

丸木群のかたわら、斜面に平行して完形の灯明皿(ロクロかわらけ)が3枚出土しました。
濠を渡る小橋の上から投げ捨てられたのでしょうか。

下中瀬遺跡では、表土除去終了後に面整理を行いました。
写真手前の方では土器が出土しており、ピンポールや箸をたてて目印にしています。

こちらは野田遺跡の様子です。
写真右側は、重機で現代の表土を除去しています。
写真左側はその後に人力で古代の遺構の面を平滑にする面整理を行っています。

野田遺跡の面整理の際に古代の土器などと共に、縄文時代の黒曜石製の矢じりが出土しました。
黒曜石は産地が限られており、県内では月山周辺などでしか産出しない珍しい石材です。

遺構の掘り下げは2週目です。写真は屋敷地の区画と考えられる濠を掘り下げている様子です。

今週は県と町の教育委員会の担当者が現場を訪れ、
調査の進行状況と今後の調査の進め方について説明を行いました。

下中瀬遺跡から見た野田遺跡(写真奥)と調査事務所(写真手前)の遠景です。高瀬川を隔てた2ケ所の遺跡を調査するため、中間に事務所を置きました。両遺跡とも鳥海山が綺麗に見える古代の遺跡です。

野田遺跡の様子です。重機が入る前に調査区際を溝掘りして、遺構面までの深さを確認しています。

こちらは下中瀬遺跡です。現代の表土を重機で掘り下げて、遺構が確認できる面を出しています。

今週から遺構の掘り下げを始めました。
数がたくさんあるだけに、出だしから急ピッチで進めています。

包含層の遺物の取上げ枠として調査区にグリッド(格子)を設定します。
測量機器を使用し、作業員がグリッドの四隅に金属のピンを打ち込んでいきます。

ピンにはカラフルなポイントベース(明示板)を通し、グリッドの位置を書き込んで表示します。

遺構の検出を終え、全体の状況を把握するため、
ドローンを使用して空中写真を撮影しました。

東側から飯豊町方向を望みました。
隣接する写真上の昨年度調査区では既に道路工事が始まっています。

検出状況の垂直写真です。画像が小さく分かりにくいですが、
今年もたくさんの遺構が見つかっています。来週から遺構の掘り下げを始めます。
今回は馳上遺跡第8次(米沢市)の整理室からです。
◆調査の様子はこちらからどうぞ◆

さて、これは何でしょう?
そう、昆虫です。しかも羽虫です。
通常昆虫などは土の中で分解されてしまい、遺跡で見つかることはあまりありません。
それなのになぜ残ったのかというと、漆に閉じ込められたためです。虫そのものは分解されて、漆に虫の痕跡だけが残っている可能性もありますが、今回のように羽虫が見つかることはとても珍しいといえます。

しかも、7匹!(黄色の〇の部分)
この漆は今から約1,200年前の土器に付着しています。土器に入れられた漆の中に虫が入り、そのまま固まってしまったようです。
昆虫は種によって住む環境や、発生する時期が異なります。
詳しい分析はこれからですが、この昆虫の存在により、当時の遺跡環境や漆を使用した季節を推察することができます。

重機で表土を除去した後、遺構面を薄く削って土の違いを見極め、遺構の所在や輪郭を検出していきます。

昨年度の1次調査と同様、調査区の南側は暗色の粘土に覆われて低地が開けています。低地にもかかわらず、柱穴の存在から、何棟もの掘立柱建物跡が確認できます。

低地は水はけが悪く、2枚目の写真と同じ地点ですが、一夜の雨で冠水してしまいました。
Yamagata Prefectural Center for Archaeological Research