「2021(R3)年度」カテゴリーアーカイブ

杉沢C遺跡第2次(7月26日~30日)


遺構検出を終えた調査区の詳細な3Dモデルを作るため、空撮より低い高度で撮影を行ないました。4mの角材にコンパクトデジカメを取り付け、Wi-Fi接続したスマートフォンでシャッターを切ります。


約250㎡の調査区に対して、アングルを変え少しずつずらしながら撮った写真230枚をパソコンで解析しています。


完成した調査区の3Dモデルを真上から見た画像(上が北)で、左上は赤枠範囲を拡大したものです。柱穴の柱痕部分もはっきりわかります。この画像を下図にして遺構検出図が作成できます。


水林下遺跡第2次(7月26日~30日)


先週の県内では、台風や局所的な豪雨がありましたが、鳥海山頂に沸き立つ積乱雲がみえるものの、遺跡のある女鹿一帯ではほとんど雨が降りませんでした。


本格的な暑さのなか、C区西側の遺構精査を行いました。


遺構精査では、遺構のなかに堆積した土がどのような過程で埋まったのかを調べるために、まず半分を掘ってその断面を観察し、記録します。C区西側では、杭や柱穴の可能性がある遺構が数基確認されました。


山形城三の丸跡第22次(7月19日~21日)


毎日、暑い日が続いています。その中でも作業員さんはきびきびと作業を行ってくれます。


調査区中央にある大きな土坑を掘り上げました。近世の陶磁器や、銅で作られた板状の遺物が出土しました。1区の作業は終了し、来週から新しい調査区に入ります。


杉沢C遺跡第2次(7月19日~21日)


遺構検出が一段落ついたところでドローンによる空撮を実施しました。厳しい日差しが照りつけるなかでの撮影となりました。


3つの排土山のある場所(写真中央)が昨年度の調査範囲で、隣接する左側の三角形部分と右側のL字形部分が今年度調査区です。土偶出土で知られる杉沢A遺跡は奥の山麓に位置します。


昨年度調査区の空撮画像(赤枠内)と合成してみました。昨年度調査区の南側を東西方向に走る旧河道の黒色土が、今年度の西側調査区(写真左側)で南へ曲がる様子が見て取れます。


水林下遺跡第2次(7月19日~21日)


C区のⅤ層上面に残された遺構の検出を行いました。7月の中旬でしたが、すでに真夏の暑さの中で、作業を行いました。


平安時代のころと思われる土師器の坏(つき)が出土しました。水林下遺跡では、摩滅した土師器の破片が多く出土しましたが、このように残りの良いものは珍しいです。


遺構検出が終わり、C区全体の写真をドローンを使って撮影しました。


比較的平坦な場所には、柱穴や溝などの遺構が残されていました。また、写真のように、遺跡が日本海に近いことがよくわかります。


山形城三の丸跡第22次(7月12日~16日)


調査が進み、穴が多くなり、凹凸も増えてきました。足場に注意しながら調査をしています。


梅雨明けが宣言され、これからは暑さとの戦いになってきます。そんな中、1区の終了が近づいており、この日は完掘写真を撮影しました。写真は撮影に向けた準備の様子です。


1区の完掘写真です。近世のごみ捨て穴や整地層、柱穴などが見つかりました。次週は土の見づらい箇所について遺構がないかを改めて確認します。


杉沢C遺跡第2次(7月12日~16日)


柱穴と考えられる遺構を浅く掘り下げ、柱の痕跡や柱材を抜き取った穴がないか確認します。


これは2つの柱穴が重なっています。土質や色調などの違いから、左側の柱穴の埋め土を右側の柱穴が掘り込んでいると判断できます。


江戸時代頃の小型の柱穴が複数見つかりました。一直線に並ぶところもあり、掘立柱建物を構成するものが含まれるようです。


水林下遺跡第2次(7月12日~16日)


C区東側に遺構が残っていないか、表面を削りながら調べました。


クロボク土の中や、地山の表面からは土器や石器とともに、鳥海山の噴火の際に飛んできたり、流れてきたと思われる、拳大から径1m大の安山岩がたくさん出てきます。


最新の測量機器を使って、調査区を測量しました。


内陸では強い雨が降った所もありましたが、遺跡がある女鹿地区は雨がほとんど降りませんでした。鳥海山から湧き出る積乱雲が見えても、なぜか女鹿には雨雲が届きませんでした。


杉沢C遺跡(7月5日~9日)


重機で表土掘削した部分を人力で丁寧に削り、遺構検出を進めています。


調査区全体に広がる旧河道の土は、縄文土器が出土する北側の褐色土(写真右側)と巨石を含む南側の黒色土(写真左側)の間に砂礫が帯状に挟まります。


北側の褐色土上面で“縄文時代の万能ナイフ”石匙(いしさじ)が見つかりました。比較的近くで石鏃(せきぞく)も出土しています。