
『縄文体験』学習が鶴岡アートフォーラムで開催されました。
熱心にメモを取る子どもたちもいて、夏休みの自由研究のお手伝いが、少しできたのかなと思いました。

調査員から、鶴岡市内の遺跡から出た縄文土器の話を聞いたあと、
実物を手にとって模様や手触り、重さなど体感している子どもたちです。

勾玉作りです。
滑石という柔らかい石を材料にして、ひたすらけずり、そして磨きます。
希望者は好きな色もつけられます。
ピカピカの勾玉を手にして、皆さんうれしそうでした。
7月29日(日)に上山城で歴史講座を行いました。

出席された38名の方に、上山の遺跡について話しをしました。

講師は当センターの髙柳調査員(上山市出身)です。
聞きに来た方も地元の方が多く、みなさん熱心に話を聞いていました。

話を聞いた後、展示中の上山市の遺跡の遺物を見学しました。
展示は8月26日(日)まで開催中です。

西置賜の小・中学校の先生方対象の講習会が、飯豊町町民総合センター「あ~す」にて開催されました。

飯豊町や小国町の遺跡の話を中心に、
当センターで発掘調査した西置賜にある遺跡や遺物の話をしました。

最後に実習として、勾玉作りを体験しました。
限られた時間でしたが、半数以上の方々が完成品を手にされたようです。

今回の調査区の基準点測量を行いました。
測量は、業務委託した専門の業者によって行われ、
今回打設した杭は、調査区の場所を示すグリッド(杭)の基準となる重要な杭となります。

前回お伝えした黒色土の範囲を掘り下げたところ、調査担当者が思っていたよりも、随分と浅いことがわかりました。
ただ、黒色土の下層から溝状の遺構や柱穴が多く検出されました。
写真は、土層の断面の写真を撮っているところです。
この写真からも、黒色土の堆積は浅いことがわかります。

また、今週は、今回の調査区で検出された遺構に番号を付け、遺構台帳に登録を行いました。
今回の調査区からは、7月27日現在で、竪穴住居跡や溝跡、柱穴跡など、約650の遺構が検出されています。

1区の地層の重なり方を調べるために、調査区の西壁に沿ってトレンチを掘りました。
南側は、10世紀以降とみられる川が流れていることがわかりました。

1区の南側の川跡の隣を薄くけずっていくと、土器片などが出てきました。

1区の土器片が出てきたところの近くから、壊れた磨製石斧とみられる遺物が出てきました。

1区の写真です。
この調査区からは、過去に川が流れていたり、水田を作るときに大きく掘り込まれていたりしていたことがわかりました。
遺物が出てきたところは、それらの影響が少なかったところでした。

午後から行われる説明会に向けて、準備を行いました。

25日午後2時から発掘調査説明会を行いました。
一時は、雨の心配もありましたが、無事行うことができました。
写真は遺構説明の様子です。

出土遺物の説明の様子です。
平日でしたが、28名の方に来ていただきました。
ありがとうございました。

掘立柱建物跡(SB25)の平面図作成を行いました。

トータルステーションという計測用の機械で、遺物の出土した場所のデータをとります。

これまでより深い面から出土した石器です。
記録やデータをとるまでこのままです。

根の跡が黒く残っています。
このような後世に混ぜ合わされた土層を「攪乱(かくらん)層」と呼んだりします。

7月2日の週に紹介した、同じ種類とみられる石が東西一直線上に並んでいる遺構です。
拡張してみると、約15mもの長さにのびているようでした。

石器の種類の一つ、くぼみ石が見つかりました。
どんなことに使われたのでしょうか。

ラジコンヘリによる空中写真撮影を行うため、調査区(B区)の面整理を行い、当日に備えました。

調査区北東部分の遺構検出作業を行っています。
比較的地形が高く、遺構・遺物が多く見つかっています。

以前ご紹介した土坑の北側(写真では上)に、同じように土器の破片と火山灰がはいった遺構(SK1)が見つかりました。
東西約1.6m、南北約8mのとても大きな遺構です。

大型の土坑(SK1)の上面には、平安時代頃の土器(土師器・須恵器)が壊れた状態でたくさんみつかっています。
素材がやわらかい竹材のヘラで土器を傷つけないよう土を取ります。

C-1区出土の石組をさらに掘り下げています。

新たに調査に入ったC-3区の状況です。

C-1区の石組み出土状況です。
ここまで掘り下がりました。
Yamagata Prefectural Center for Archaeological Research